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エンゼルケアアーカイブ
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新しいペースメーカの考え方と患者さんの死亡

 

長沙民政職業技術学院 遺体管理学教授  伊藤 茂 氏

 

変化したペースメーカ

 

今から10年ほど前から旧来のペースメーカに変わり、ケース(筐体)が新しい素材に変わった物が臨床現場では使用されるように変わりつつある。
このケースは従来の製品よりも「柔軟性素材」を使用しており、圧に対する許容値が増加したと考えられている。
その関係から、医療現場の医師や看護師は「今のペースメーカは破裂しない」と断言をするスタッフが増加している。
そもそも爆発とは「発熱を伴う急激な化学反応」であり、気体の急激な膨張によるペースメーカの変化は「発熱を伴わない物理変化」であるために、ペースメーカの火葬炉内での現象は「内部からの急激な裂け(割け)」である事から、「破裂」と考える必要がある。
破裂を代表する「風船の破裂」でも大きな音や気体の拡散、破裂片の飛散が確認出来ると思う。
新素材は旧素材よりも柔軟性が増したとはいえ、「破裂が小さくなっただけであり、破裂は発生する」事から、「今のペースメーカは破裂しない」は間違いと言える。
確かに新素材は柔軟性が増した事から、ケース内部の急激な圧増加に対しての許容値は増加するが、柔軟性の大きいゴム風船でも許容値をオーバーすると「勢いよく破裂」する様に、新素材であったとしても火葬場ではペースメーカの破裂は減少していない。
分かりやすく考えると、ガラス容器からPET容器に変えたとしても内部圧の増加に伴う破裂の度合いが変わるだけで、「破裂は無くならない」。
これらに関しては、ペースメーカ協議会においても新素材での破裂は認識しており、「新素材でも破裂は起こる」と考えている。

 

 

トラブルの増加

 

医師や看護師による「ペースメーカは破裂しない」との思い込みにより、発生するトラブルが全国各地で増加して来ている。
確かに旧来製品よりは破裂の威力や破片飛散による火葬炉損傷は減少したかも知れないが、火葬場の現場や行政の現場での認識は「ペースメーカは破裂する」と変わっておらずに、医療現場でのスタッフとの認識の差が増加している。
患者さんやご家族も医師や看護師から「ペースメーカは破裂しない」と言い聞かされており、これらを信じて行動する様になった。
従来は行政の指導もあり、院内で死亡したご遺体ではペースメーカの摘出が行われる場合も多く認められており、摘出を実施しない場合でも「ペースメーカを装着している」との事前申し出が行われて来た。
しかし、医療現場の医師や看護師等の「ペースメーカは破裂しない」との考えから家族や葬儀社による事前申し出が減少し、火葬を開始してからの破裂により「ペースメーカ装着ご遺体」であった事を知る機会が増加した。
また、医師の「ペースメーカは破裂しないから摘出の必要はない」との判断から、死亡後のペースメーカ摘出が減少しているのも事実である。
そのために、ペースメーカの摘出が減少した上に申し出も減少しており、火葬場の現場や火葬場を管理する行政としては「問題の悪化」と考えている。
昨年は京都府内において問題となるケースが見られた。
この地区を担当する公営火葬場で2件のペースメーカ破裂が続いた。
幸いな事に職員の受傷事故は見られなかったが、事前の申し出も無いご遺体であった。
そのために、火葬場を管理・運営する行政が調べたところ「同じ病院」での死亡ご遺体であり、担当医師に確認をしたところ「今のペースメーカは破裂しないので摘出はしない」との回答を得たとの話であった。
この病院で死亡したペースメーカ装着ご遺体には摘出も申し出も無い状態であり、ペースメーカ破裂の予測や対応が出来ない事態になった。
火葬によるペースメーカの破裂に対する対策として、「摘出または事前申し出」を指導して来たが、「ペースメーカは破裂しないので摘出も事前申し出も必要ない」と考える医師や看護師が増加する事により、火葬場や行政としては「新たな指導」を検討し実施する必要性が増加して来ている。

 

 

関西地方の動き

 

東京23区内の火葬は「民間企業に依存」しており、民間企業の火葬場が無ければ東京都民の火葬は不可能な状態が継続している。
これは非常に特異的な現象であり、東京23区内以外のほぼ全ての市町村では政または広域行政組合による火葬場の建設、管理・運営が行われており、国内の火葬場の99%以上は公営と考える事が出来る。
そのために、東京23区内(都営1、広域行政組合1、民間7)以外の火葬場は行政機関内の1事業所であり、火葬場と行政はリンクして行動をしている。
また、関西地区の行政機関はペースメーカに対する指導を硬化して来ており、ペースメーカ装着ご遺体に対する行政指導にも変化が見られる。
先にも述べた様に、「ペースメーカは破裂しないために摘出も申し出も不要」との考えで従来からの行政の指導を無視する医療現場と、「無申告での破裂の増加」した火葬現場での隔たりは明らかに増加しており、行政機関では従来からの指導とお願いである「ご遺体からのペースメーカ摘出または事前申し出」から更に強硬な「ご遺体からのペースメーカ摘出のお願い」へと変ぼうしてきている。
即ち、「事前申し出」は削除され「摘出が基本」との考えになった。
これらの原因は、「新しいペースメーカの破裂と無申告」であり、その原因は医療現場の医師や看護師の考えにある事は間違いが無い事実である。
特に火葬場の職員や行政の担当者には、ご遺体に装着しているペースメーカが旧来の物か新式の物かの認識や確認は困難であり、専門知識のある私でさえ手帳か摘出したペースメーカの記号を見なければ確認は出来ない。
医療現場であればメーカー名、方式、製品名や製造年が分かり、その上での判断が可能かも知れませんがこれらはご家族にも不可能な判断であり、ご家族は医療現場のスタッフの考えや指示に従うしかない。
そのために、医師から「摘出も事前申し出も必要ない」と言われれば、ご家族はその通りの行動をとらざるをえない。
国内で使用されているペースメーカは海外製品であり国産製品は存在しない。
人工臓器 35巻別冊 2006年によると輸入先国では1位スイス、2位アイルランド、3位スウェーデン、4位アメリカ、5位ドイツ、6位フランスであり、スイスやアイルランド、スウェーデンでは火葬率が70?80%、アメリカやドイツが40%、フランスが25%であり必ずしも火葬率の低い国からの輸入品では無い。
日本の火葬率と火葬技術は世界一であるが、火葬に対する考え方や火葬方法(燃焼温度等)が他国とは大きく異なり、生産国での火葬では問題とならない場合でも日本の火葬や火葬形態では問題となる場合もあるはずである。
国内ではメーカー団体であるペースメーカ協議会、医療者団体である学会等、患者さんの団体である各組織、火葬場の団体である環境斎苑協会、各自治体や火葬炉メーカーにおいても、「ペースメーカの破裂」に関する研究や実験、正確な情報が乏しいと感じられ、これらの「日本独自の調査や研究・指針」が必要と成る事は間違いが無いと感じている。

 

 

更なる問題の発生

 

患者さんが死亡した場合のペースメーカの取り扱いには多くの問題がある。
火葬での問題も1因に過ぎず、他の解決すべき問題点が存在している。
ペースメーカの摘出は死後に行う行為のために医師法や保助看法等の適応を受けない「非医療行為」であり、国内では抵触する法令がないのが現状である。
そのためにペースメーカの摘出は医療機関では医師が担当し、葬儀社や葬儀関連施設では葬儀社社員や葬儀関係社員がご遺体の切開、摘出、縫合を行っている。
また、医療機関内や医師が摘出したペースメーカは「感染性廃棄物」に指定されているが、葬儀社や葬儀関連施設で摘出したペースメーカは感染性廃棄物には指定されずに(医療機関や医療産出ではない)、「一般産業廃棄物」(Li電池の関係で有害一般廃棄物ともなる)に分類され廃棄される。
国内の法令の欠点は「対象物」ではなく「場所とヒト」により法令が異なる点であり、血液の付着した綿花は医療機関では「感染性廃棄物」であるが、同じ血液が付着した綿花でも葬儀業内では「一般産業廃棄物」であり、街のゴミ収集車に出している業者も少なくは無い。(都庁でも問題となった事があった)
近年のネット社会の影響もあり、使用済みのペースメーカ(摘出された)がネットのオークション・サイトに出品される事が度々ある。
新品の価格が100?200万円程度である事から、落札価格を10万円に設定していたが、これらを購入する者はいるのかは疑問である。
しかし、占有物離脱状態ではあるが廃掃法には明らかに違反であり、場合によっては詐欺罪や窃盗罪、横領の適応も考えられる事案である。
この出品者は医療従事者なのか葬儀従事者、廃棄物処理従事者なのかメーカー関係者なのかは不明であるが、摘出されたペースメーカが適切に処理されているのかは確認が不可能であり(マニフェストがあったとしても)、独自の処理方法の無い現状では「不届き者の自由」になっている。
これらの意味も含めてご遺体からのペースメーカの摘出は慎重になるべきであり、火葬に際しても「ペースメーカの摘出が強制ではない」との国内の火葬条件を考えると、あえてペースメーカを摘出する理由が見つからない。
特にご遺体侵襲を伴う事から、「摘出を実施せずに事前申し出」で火葬を実施するのが国内での最善の方法ではないかと考える。
火葬場としては「ペースメーカの摘出が最善策」ではあるが、他に選択肢が無い訳ではなく「ご遺体侵襲」を考えると、火葬場や行政は無理強いを出来ない。
医療現場と火葬場のレスポンスやコミュニケーションが上手く行けば、火葬とペースメーカの問題は大きな問題ではない。
むしろ、医療現場で解決できる部分が大きいのが現実であろう。 
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