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エンゼルケアアーカイブ
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「遺体管理学」のススメ

 

長沙民政職業技術学院 遺体管理学教授  伊藤 茂 氏

 

後進国日本の事情

 

経済や産業、医学や科学技術等では世界でもトップクラスの先進国である日本だが、旧来からの事柄については後進国、または発展途上国の日本である。
特に宗教や儀礼にかかわる問題は「タブー」とされてきたことから、他国とは比較の出来ない日本独自の世界を構築してきた。
その中において、ご遺体は宗教や葬儀等の儀礼の対象であり医療領域なのか、宗教領域なのか、それとも葬儀領域なのかが不明確であり、「ご遺体に関する責任の所在」が全くない状態が現在も継続されている。
パンデミック(pandemic)や大規模災害発生時の多数ご遺体発生時の対応や処置、ご遺体の管理に関しても政府や行政のマニュアルでは対処は困難であり、発生時にはご遺体収容や安置、修復等処置現場では大きな混乱が予測される。
また、HPから帰院されたご遺体が翌日に激しい腐敗をした場合には、このご遺体の劇症型変化はHPの責任なのか、葬儀社の責任なのか、運が悪かったと思わなければならないのか全く分からないのが現状である。
国内では1972年を境に在宅死亡とHP死亡が逆転したが、それまでは在宅死から自宅葬儀がほとんどであったことから、ご遺体の管理責任はご家族が主体であった。
しかし、HP等の施設死亡が88%となり、施設死亡数が今後は減少傾向になるが現時点では国内死亡者の多くは施設死亡であることから、今日ではご遺体はHPから2?3回の移動を余儀なくされており、ご遺体に関する責任の所在が不明確となっている。
近年、劇症型変化を呈するご遺体が非常に増加しているが、これらの主原因は死亡前の臨床症状にあり、臨床症状を管理する責務は医療者にあるが、死亡により法令により医療者の管理責任は解かれ、死亡直後から管理者不在の状態に放たれたご遺体は死亡前の臨床症状により急激な悪化が始まるが、これらに対しては誰が何を何時、何処で如何してどの様に対処するのかは不明である。
平常時でのHPや在宅での死亡、非常時における死亡でも避けては通れない事実であるご遺体に関する諸問題に対して真剣に考える時期が訪れている。

 

 

法令の欠如が招いた結果

 

日本の法令ではヒトの死をもって法令による制限のほとんどが解除され、ご遺体は法令の適応外となることがほとんどである。
交通機関でも死亡前は「乗客」として扱われるが死亡後は法令の解除が行われ、死亡後のご遺体は「貨物」として扱われる。
死亡前であればバスやタクシーの運転には2種運転免許が必要であるが、死亡後は普通の運転免許だけでご遺体は搬送できるために、管理面では死亡前後で大きな差が出ることは明らかである。
医療現場でも死亡前は医師法や保助看法での制限が多いが、死亡確認以降は医師法や保助看法の適応はなく医事法の死体解剖保存法と墓地埋葬法、刑法の死体損壊罪以外は関連する法令がなく、現実的には法令に抵触することはない。
患者さんまでは理容師法・美容師法の適応範囲であるが、死亡を境に理容師法・美容師法の適応が外れ、一切の制限が課せられなくなるためにご遺体の顔剃りや散髪、整髪やメイクを業として行っても法令には抵触しない。
厚労省では医師や看護師、医療を担当するのは医政局であるが、理容や美容、浴場等を担当するのは健康局であり、生活衛生関連法令を担当する生活衛生課が行うが、生活衛生関連法令は公衆衛生を対象とした法令であり、死後に公衆衛生は関係ないと考えられておりご遺体に関しては「法令の適応外」と判断されている。
すなわち、日本国内には「ご遺体関連法令は限りなくゼロ」と言え、各自・各社のモラルに一任されている。

 

 

諸外国の事情

 

アメリカやカナダ等では葬儀に関する州法があり、葬儀やエンバーミングに関して州の資格を必要とする場合がある。
しかし、あくまでも州法レベルのために州によっては正式な資格すらない州もあり、国家資格と異なり州資格が何処まで有効か(他の州では)、不明確な部分もある。
一方、中国では葬儀管理条例(中国では法令を条例と記する)、死体管理条例があり、これらにより葬儀社の法的規制とご遺体に関する法的規制を行い、適正に管理している。
葬儀管理法では国民保護、福祉の観点から公営葬儀社しか認めておらず、「民間企業の葬儀社は認めない」とされており、各自治体の民政部もしくは自治体外郭団体が運営管理を行い、職員は公務員もしくはこれらに準ずるずるものとされている。
そのために、全国各地の3,000以上の公営葬儀社内には解剖室が設置されており、公安(警察)の出張所も併設されている。
ご遺体に対するエンバーミングを始めとした処置はこれらの施設内で行われ、これらを担当するものは民政部に所属する公務員である。
医師や看護師でもご遺体への処置は行えず、HP内で死亡した場合においても
ご遺体は死亡確認後直ちに民政部施設に搬送される。
中国は広大な国土かつ日本の10倍の人口であり、パンデミックが発生すると狭い国土の日本とは比較にならない莫大な被害が発生する。
そのために、中国政府CDCもパンデミックを想定して多くの対策を講じているが、同時に発生する罹患ご遺体への対策も講じなければならない。
そのために、2006年2月には「高病原性鳥インフルエンザ発生時対策」として、罹患ご遺体対策講習会が民政部と民政学院において私が担当して行われた。
2007年6月にもSARSと高病原性鳥インフルエンザの発生地点とされる、中国南部の視察を行ったが、パンデミックでのご遺体管理の重要性を再認識した。
日本では、パンデミックが発生すると対象ご遺体は納体袋に収めて公園等に埋めて急場をしのぐと対策書には明記されているが、遺体管理としては適した方法とはいえない状態となる。
台湾でエンバーミングを行う「遺体防腐士」は、臨床検査技師資格が必要であるが公務員との限定はない。
ご遺体のメイクや着付けを行う「遺体美容師」も民政部が養成をしており、民政部の依頼で養成を行った経緯もある。
その意味でも、日本はご遺体に対してのシステムや教育、公的化が見られない。

 

 

遺体管理学概要

 

遺体管理学とは、解剖を除く全てのご遺体の管理や処置を含み、火葬や土葬等の埋葬が行われるまでのご遺体に関する学問である。
法医学とは全く異なる臨床ご遺体の特異性に始まり、大規模検案は法医学の担当であるが大規模ご遺体処置や保存をも担当することとなる。
ご遺体に現れる腐敗や変色等を死亡直後より担当しいかに遅らせるか、最小に留めるかに始まり、現れた変化や悪化への対応処置を行い、必要日数までのご遺体の防腐処置とご遺体の管理保存を対象としている。
遺体処置部分としては、整容・修復、洗浄・洗容、エンバーミング等から、冷蔵保存および冷凍保存、ご遺体の搬送や空輸に関することが担当となる。
中国の民政部は、全死亡者および大規模災害を担当する省庁であり、大規模災害対策やパンデミックによるご遺体も遺体管理学の対象となる。
また、これらに付随したことが対象の学問であり、日本国内では学問の確立としては難しい分野であるのが現状であろう。
しかし、医療現場ではターミナルケアに直結する部分であり、大規模災害やパンデミックでの特殊ご遺体に対しても最も必要な部分である。
そのために、これらの部署に関与する看護師はさることながら、国試には出ないが全ての看護師には理解するべき部分が多いのも事実である。
特に、ご遺体への処置は疾患や臨床症状、ご遺体の損傷状態により異なり、全てのご遺体に均一な処置を行うことは大きな間違いである。
これらも、理論的に理解できれば現状のルーテイン・ワークが間違いであることに気がつくはずであるが、国内にはこれらの正式な教育機関や教育者が存在しないことから、医学的・科学的には20年程度遅れていると思われる。
医学や臨床医学の後をついてくるはずの遺体管理学であるが、国内では医学レベルや臨床医学の技術は向上を続けているのに対して、ご遺体に対する研究や教育が行われないことは、「死=タブー」だけが原因とは考えられない。
今まで避けてきた遺体管理学分野のために、現場の看護師は以前と比べて大きく変化したご遺体の特徴に対する対処ができず、その結果としてご遺体の急激で激しい腐敗等を伴う劇症ご遺体変化に対応ができなくなってきた。
HPで死亡し、HPから帰院すればHPの責務は終わりと考えがちではあるが、法令等がなくご遺体に関する法令のない現状では、HPの敷地を出てもある程度の時間までは医療者の責務として、看護師の行うケアとしての責務があるのではないだろうか。
今から20年以上前に献血バスで献血を行なった時に、圧迫止血を行った後に看護師がカット絆を貼り自宅に帰宅した。その後にスーツを脱ぐとシャツとスーツの内側に血液が多量に付着していたことがあった。
結果としては圧迫固定時間が短かったためと考えられるが、誰の責任であったのだろうか。
医学知識がないものであったならば看護師の判断ミスかも知れないが、医学教育を受け医学資格を持つ者である以上は私の判断ミスの可能性も高い。
しかし、誰かに責任を押し付けなければならないとすれば、圧迫バンドを外してカット絆を貼った看護師の判断ミスとの可能性が高い。
仮に帰宅時の出血ではなく、就寝翌日の出血により寝具等が汚染したとすると誰の責任となるのだろうか。
ご遺体に関してもHPからの帰院後の状態悪化では、夜間帰院であれば少なくとも翌朝まではHP等で行うエンゼルメイクでの腐敗対策等の範囲内にあると考えられる。
その意味でも、ご遺体や対処の知識を身につける必要はある。
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