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エンゼルケアアーカイブ
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ペースメーカーを装着した患者さんが死亡した場合の問題点

 

長沙民政職業技術学院 遺体管理学教授  伊藤 茂 氏

 

国内の現状

 

現在、国内では数多くの形、機能のペースメーカーが輸入されており、ペースメーカーを装着されている患者さんは約50万人と推測されている。
また、毎年45,000人程度の患者さんがペースメーカーの埋め込み手術を受けており、そのうちの60%以上が新規の埋め込みであることから、約3万人の新たな装着患者さんが誕生し、今後も国内でのペースメーカー装着患者の総数は増加していくことが推測される。
ペースメーカーを装着した患者さんの年間死亡者数は明確ではないが、ペースメーカーを装着した患者さんの死に立ち会う機会は今後増加していくことが予測され、装着患者の看取り時の問題点と対応についても認識を深める必要がある。
ペースメーカーを装着した患者さんが死亡しても、そのままの状態では何ら問題は発生しない。
しかし、火葬率が99.9%の日本国内では、ペースメーカー装着患者が死亡した場合でも同様に火葬が実施され、これにより少々の問題が発生することになる。
※厚生労働省の統計や「国民衛生の動向」上での火葬率は、統計ミスにより99.7%とされているが、各自治体の集計を採ると正確な統計で99.9%となる。

 

 

火葬での問題点

 

ペースメーカーは体液や血液等が内部に侵入すると重大な障害が発生するために「完全機密状態」で構成されている。
電池で駆動し、従来の5年タイプから長期使用が可能なタイプに進化したことから、ほとんどがLi(リチュウム)電池が使用されている。
従来の水銀電池では2?3年程度しか使用できなかったが、現在使用されているLi電池では約10年間駆動する構造(容量)となっている。
ペースメーカー本体はチタン製の密閉容器であるが、Li電池も同じく密閉容器で作られている。
多くの電池が高熱化で破裂する様に、ペースメーカーに内蔵されているLi電池も火葬炉内の熱で破裂し、同じくチタン製の本体も、高熱により内部気圧が上昇し破裂する。
火葬開始後(炉内にバーナーが点いてから)5?10分で、大きな破裂音が火葬場内に響き渡る。
とある文献においてもLi電池とチタン製本体が破裂するとされ、理論的には2度の破裂が生ずるといわれているが、現実の火葬では1度の破裂が生じるだけで、2度の破裂はほとんど認知出来ていない。恐らく、1回目の破裂で他方の容器も損傷し、内圧の上昇が阻止されていると思われる。
このペースメーカーの火葬炉内爆発事故により下記の問題が発生する。
?ご遺体の損傷
?火葬路の損傷
?火葬場職員の受傷
?爆発音の問題
これらが、死後のペースメーカー問題であり、日本の特徴的なケースでもある。
※日本での火葬炉内温度の多くは1,000?1,100℃程度に設定されていることが多い。火葬炉内温度を高く設定すれば火葬時間の短縮や、火葬炉内でのダイオキシンの再生産を抑制は出来るが、日本では火葬後に焼骨の「収(集)骨習慣」があり、それを考慮して火葬炉内の温度が設定されている。火葬炉内温度を高めると焼骨がボロボロとなり燐酸カルシュウムの粉末状となることもあり収骨が不可能となる。収骨習慣のない北米では散骨や粉末状で壷に収めるために、日本よりも火葬炉内温度が高く設定されている場合が多い。

 

 

ご遺体の損傷

 

国内の炉内温度でもペースメーカーは破裂し破片の飛散を引き起こす。
胸部に埋められたペースメーカーは、比較的浅い部分に装着されているために、比較的短時間(5?10分)で破裂をする。
この破裂により、埋め込まれた付近の鎖骨や肋骨が損傷すると考えられ、破裂片がご遺体の皮膚や組織を突き破り、体外に飛び出す。
破裂が火葬後期に起きた場合は焼骨が飛散し、頭蓋骨や長骨をも破損させる恐れもあるが、現実問題としては考慮する必要のないレベルである。
しかし、日本の収骨ではノドボトケと呼ばれる「第2頚椎」を大事にするために、火葬炉内での破裂時間が遅れると「第2頚椎」が損なわれる可能性もある。

 

 

火葬炉の損傷

 

破裂したペースメーカーは爆発により火葬炉内に飛散し、その破片が火葬炉内に貼られた耐火レンガを直撃し、耐火レンガを破損させる。
破損した耐火レンガは貼替えが必要で、火葬炉メンテナンス費用の増額や場合によっては火葬炉耐用年数が短縮される。
東京23区内以外の火葬場のほとんどは公営であり、火葬料金が無料の施設も多いが、これらは税金で運営されていることも事実である。

 

 

火葬場職員の受傷

 

火葬炉には火葬場職員が操作し点検するための裏側がある。
裏側には職員が火葬炉内部を直視できる「覗き窓」が設置されており、覗き窓にはガラスが装着されている。
ペースメーカーが破裂すると、飛散したペースメーカーの破片が覗き窓を直撃し、覗き窓で火葬炉内部を確認していた職員や、覗き窓周辺の職員が割れたガラス等で受傷する場合がある。
国内では、新潟県と福島県の火葬場で破裂受傷事故が実際に発生しており、昭和59年に厚生省でもペースメーカー装着遺体の規制等の法令化を検討したが、法制化には至らなかった。
海外では、イギリスとシンガポールでは火葬に関する法制化がなされており、シンガポールでは法律で、「ペースメーカー装着遺体の火葬禁止」が実施されている。
それでも、民族によっては火葬しか許されない国もあり、中国においても政府として火葬を推奨し法制化が進んでいる。
※世界の火葬率上位国は、1位日本99.9%、2位香港86.1%、3位台湾85.8%、4位チェコ79.8%、5位シンガポール77.6%、・・・8位イギリス72.4%、・・・15位中国48.2%、・・・20位アメリカ33.5%と続く。

 

 

爆発音の問題

 

ペースメーカーの破裂は大きな音を伴うが、特に火葬場内や併設の斎場には大きな音で響き渡る。
破裂事故や爆発音に慣れている職員よりも、火葬や葬儀に訪れているご家族や関係者には大きな驚きとなる。
そのために、ペースメーカーが装着された状態で火葬されるご遺体に関しては、ご家族や関係者に対して「大きな音がするかもしれない旨」を伝えている。
静粛な場の火葬場内での大きな破裂音は、ご家族(ご遺族)に負荷が大きい。

 

 

ペースメーカーを装着したご遺体への対応

 

ペースメーカー装着遺体への対応策としては、そのままの状態でご家族に引き渡す(火葬は装着状態で行う)か、ペースメーカーを摘出するか、2つの方法が考えられる。
3番目の方法として「経皮的ペースメーカー穿刺」が簡易であるが、国内では実施されていないと思われる。
国内ではシンガポールの様にペースメーカーの除去が法令で定められている訳ではなく、あくまでも「患者さん自身やご家族の意思」に委ねられる。
そのために、ペースメーカー装着患者さんが死亡した場合には、ご家族に対して「そのまま残す方法」と「摘出する方法」があり、どちらを選択しても良い旨を伝え、ご家族の自由意志で選択して貰わなければならない。
この場合、残す場合のメリットとデメリット、摘出する場合のメリットとデメリットを正確に伝え、充分な情報提供による選択が必要不可欠である。
これらの過程を踏んで、ご家族が残すと決めた場合は下記のことが重要である。
?ペースメーカーを装着していることを火葬場(葬儀社でよい)に伝える。
火葬場職員に火葬開始から15分間は炉内の覗き窓を見ないように留意してもらい、火葬炉内でペースメーカーの破裂が起こることを想定する。
看護師等がそれらを直接伝えると守秘義務違反や個人情報保護法に抵触する可能性があるため、必ずご家族経由で伝えてもらう。
?体内に残したペースメーカーが火葬炉内で大きな音で破裂する可能性が高いことを伝える。
?火葬後の収骨では、火葬場職員がペースメーカーの破裂残渣を取り除いているので収骨には問題はない。
※人工骨頭は火葬炉内で真っ赤に熱せられ、火葬炉内の冷却や焼骨の放熱に悪影響を示すが、ペースメーカー破片では影響しない。
 
行政機関や火葬場では、ペースメーカー装着ご遺体の火葬を拒否はしない。
ただし、ペースメーカー装着ご遺体であることを事前に伝えて貰いたいとの指導を行っている。
これも強制ではなく「お願い」の範囲ではあるが、火葬場職員が失明の危機に曝されることから、厳守が望まれる。

 

 

ペースメーカーの摘出

 

埋め込まれたペースメーカーの摘出自体は難しい手技ではない。
メスと鋏、ナートのセットがあれば5分と要しない簡単な処置であるが、ご遺体への切開や縫合を伴う処置であり、問題もある。
関連学会ではご遺体からのペースメーカーの摘出に関しても、法令問題(刑法第190条)と社会的問題があると指摘している。
法令問題では刑法第190条(死体損壊罪)に関しての判断があいまいであり、確定された判例や判断はない。
10年以上前に、国立大学の教室が、「ご遺体からのペースメーカー摘出は死体損壊罪に当たる」との考えを学会に発表していたが、火葬により破裂してご遺体や関係者に害をなす可能性のあるペースメーカーをご遺体から摘出しても、第190条の法益を損なうとは考えにくく、ご家族の判断に基づき行われる限りは、近年の第190条の法的解釈は「死体損壊罪」は適応されないとの考えが主流となって来ている。
ご家族の自由意志により判断され、ご家族の依頼により行われるペースメーカーの摘出は違法性が低いとの考えがあるが、患者さんに対する手術や検査と同様に、「充分な説明」と「ペースメーカー摘出依頼・承諾書」等へのご家族の署名が望まれる。

 

 

エンゼルメイクでの対応

 

上記の説明は担当医が行うべきであるが、場合によっては看護師が説明する立場になることもあり得る。
そのために、ペースメーカーを装着した状態での火葬問題と、対処方法、摘出は強制ではなくご家族の自由意志である、摘出には必然的に侵襲的処置が必要である等のポイントを認識する必要がある。
また、摘出したペースメーカーもご家族が引き取りを希望する場合があるが、摘出後のペースメーカーは法律的解釈では「感染性廃棄物」となることから、これらに対応をした消毒を行った上、ご家族の希望に沿うようにする必要がある。
同時に、感染性廃棄物に分類される「摘出後のペースメーカー」をご家族に渡すことは法令的な疑問を生じ、問題も残る。
関連学会では1988年に、ペースメーカー装着者の死亡時の対応について報告書を出しており、ペースメーカー協議会では摘出したペースメーカーは「感染性廃棄物」と位置づけしているが、ご家族にとっては「大切な遺品」でもあり、引き取りを希望されるご家族も多く存在することから、その気持ちを優先した上でこれらも検討する必要があるのではないだろうか。

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