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エンゼルケアアーカイブ
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医療者の守秘義務と葬儀社との関係

 

長沙民政職業技術学院 遺体管理学教授  伊藤 茂 氏

 

法律規定の新設

 

公務員や司法・行政関係資格所持者、医学資格所持者には各種法令により「守秘義務規定」が存在している。
「守秘義務規定」とは「職務(業務)上知りえた情報を正当な理由なく、他に漏らしては(伝えては)ならない」との法令上の規制である。
医学資格者においても医師や歯科医師、薬剤師と助産師は、刑法第134条第1項の秘密漏洩罪において守秘義務が課せられている。
刑法第134条第1項では、「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人または、これらの職にあった者が正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」との法律である。
医師、歯科医師、薬剤師と助産師以外の医学資格は「各医学資格に関する法律」により守秘義務が課せられてきたが、保健師と看護師には守秘義務規定は課せられない状態が永らく続いていた。
2000年、個人情報保護の観点から、新たに「看護師の守秘義務」に関する検討がなされ、2001年には厚生労働省から正式に「パブリック・コメントの募集」が実施され、同年の保助看法の改正により、「看護師の守秘義務規定」の整備がなされた。他の医学資格から大きく遅れたが、保助看法第42条第2項により、看護師に対しても守秘義務が課せられるようになった。
公務員であれば、国家公務員法や地方公務員法により「守秘義務」が課せられていたが、民間医療機関や民間大学では法令による守秘義務規定は存在しなかったため、従来はあくまでも「医学倫理」や「医療者としてのモラル」に委ねられてきた。
しかしながら、各施設における「倫理観やモラル」の違いによって、看護領域の一部では情報管理は曖昧な部分も見られていた。

 

 

守秘義務の範囲

 

医師や歯科医師、薬剤師と助産師の守秘義務は前述のように刑法で管理されている。
即ち、医師の守秘義務は医師法(厚生労働省所管)ではなく、より扱いの厳しい刑法(法務省所管)となるが、刑法第134条は第135条の規定により、「告訴がなければ公訴を提起することができない」とされている。
また、保助看法第42条第2項の守秘義務も第44条第2項により、刑法の守秘義務と同様に、申告による親告罪とされている。
分かりやすく言うと、秘密を漏洩され被害を受けた「当事者(患者さんや家族等の関係者)」が警察に対して「告発」を出すことで、初めて違法行為として捜査がされる。
仮に看護師が患者さんの氏名や病名等の重要な情報を第3者に漏洩したとしても、当事者からの告発や警察の捜査、裁判がなければ「保助看法違反」とはならない。
そのために、医師や看護師等の医学資格者が患者さんの情報を漏洩したとして処罰されるケースは非常に稀であり、医道審議会や看護資格検討会においても守秘義務規定違反により処罰されたケースは、私の記憶には存在しない。
近年では、ある国立病院の看護職員が院内調査により「患者さんの情報を第3者に漏洩した」として懲罰対象とされているが、これはあくまでも公務員としての処罰であり、司法や行政上の保助看法上の処罰はなされていない。
日本看護協会では、看護師の守秘義務に関して下記のようなコメントを発表している。
看護者は、守秘義務を遵守し、個人情報の保護に努めるとともに、これを他者と共有する場合は適切な判断のもとに行う。


看護者は、個別性のある適切な看護を実践するために、対象となる人々の身体面、精神面、社会面にわたる個人的な情報を得る機会が多い。 看護者は、個人的な情報を得る際には、その情報の利用目的について説明し、職務上知り得た情報について守秘義務を遵守する。 診療録や看護記録など、個人情報の取り扱いには細心の注意を払い、情報の漏出を防止するための対策を講じる。
質の高い医療や看護を提供するために保健医療福祉関係者間において情報を共有する場合は、適切な判断に基づいて行う。 また、予め、対象となる人々に通常共有する情報の内容と必要性等を説明し、同意を得るよう努める。家族等との情報共有に際しても、 本人の承諾を得るよう最大限の努力を払う。
※(社)日本看護協会HP 看護者の倫理網領より転写



また、「質の高い医療や看護を提供するために保健医療福祉関係者間において情報を共有する場合は、適切な判断に基づいて行う」との考えから、看護師が院外の勉強会や学会等に患者さんの情報を開示する場合においても、個人の氏名等の公表を行ってはいけないとの倫理が医学・医療現場には存在している。
厚労省看護課では看護師の守秘義務に関する詳しい定義や範囲、前例はなく、守秘義務に反するかは「正当性があるか」が判断基準との回答を行っている。
即ち、患者さんに関する情報を開示または漏洩しても「正当性」があれば守秘義務違反にはならないと判断しており、正当性とは前述の「保健医療福祉関係者間においての情報共有」、「司法・行政機関での証言」等と考えられている。
そして、職務上知りえた情報とは「患者さんが死亡した後も同様」と厚労省は回答をしている。
そのために、患者さんが死亡したことにより生ずる情報や、死後に発生する情報も「生前の患者さん情報と同じ」とされており、これらの情報についても法的規制対象となる。

 

 

医療機関と葬儀社の関係

 

国内での死亡者数は政府の政策もあり、医療機関等の施設死亡者数は減少を続け、在宅死亡が増加傾向にある。
それでも尚、国内の死亡者の85%以上は施設内死亡であり、死亡場所としては最大かつ確実な場所として医療機関は絶対的な地位を占めている。
そのために、葬儀社のビジネスを考えると医療機関は最重要施設であり、そこに「特別な関係」が生まれる場合もある。
国公立医療機関等では「特別な関係」を持たないように各部門で細心の注意を行っているが、民間医療機関においては曖昧なところもあり、中には積極的に葬儀社との関係を深めている医療機関が存在することも否定できない。
患者さんの死は医療機関にとっては「終焉」であるが、葬儀社にとっては「業務の開始」であり「収益の始まり」であることは言うまでもない。
患者さんやご遺体の多くの情報を有する医療者は常に「公正」である必要があり、特定の葬儀社に便宜を図ることや、情報を提供することは絶対に行ってはならない。
国内での大規模災害発生時には、司法機関や行政機関は法令および条例に基づき被災したご遺体の管理業務を行う。
被災ご遺体の保管や関係書類の作成と受理を行い、ご遺体を遺族や関係者への引き渡しを行うが、引渡しが済むまではご遺体は行政管理下におかれ、葬儀社がご遺体に接することは許されず、ご遺体の搬送や棺とドライアイスの納入のみを担当する。
また、被災して死亡したご遺体は司法機関の検視や身元確認を受けるが、司法機関管理下のご遺体に関しても、警察庁検視規定により葬儀社の関与を認めていない。
即ち、ご家族や関係者に対してご遺体を引き渡すまでは、葬儀社や葬儀関係者は搬送や物品納入を除いてご遺体に関与することは出来ないとされている。
本来、医療機関においてもご遺体の引渡しまでは葬儀社の関与は避けることが望ましいが、中国のように死体管理法や葬儀管理法がない国内においては、医療機関からのご遺体の搬送は葬儀社に委ねるのが一般的である。
しかし、国内でも沖縄県(主に本島)の多くの医療機関は葬儀社の医療機関への出入りを禁じており、ご遺体搬送専門業者のみが医療機関への出入りを許可されている。
そのために、この沖縄方式では医療従事者と葬儀社の接点は非常に少なくなる。

 

 

看護師の葬儀社への連絡行為

 

医療機関内で患者さんが死亡した場合には、医療機関が指定または取引のある葬儀社に対して、看護師が電話で連絡を実施する場合がある。
また、葬儀社の決まっていないご家族に対して「葬儀社の斡旋や紹介」をする場合もあるが、これらの行為は行うべきではない。
本来、患者さんが死亡したことや死亡した患者さんの氏名は「職務上知りえた情報」であり、これらを第3者であり商業行為(収益行為)を行う葬儀社に伝えることは、決して「正当性がある」とは判断が出来ない。
そのために、看護師が患者さんの死に際して葬儀社に連絡をする行為は、守秘義務規定に反する可能性が高い。
仮にご家族の死亡により精神的に不安定な家族を考え、善意で行った葬儀社への連絡においても、「情報の連絡」は守秘義務に反する行為となる可能性は否定できない。
これらの理由により、葬儀社への連絡は「家族が行う」必要があり、基本的には看護師が行うことは禁忌である。
しかし、不安定な状態のご家族では連絡が出来ない状況もあり、これらの場合はご家族の依頼と承諾により看護師が葬儀社に連絡を行うことは、認められる行為である。
ご家族に代わり連絡をする場合においても、必要最小限の情報の連絡にとどめ、「患者さんが死亡したことと死亡した患者さんの氏名」以外は伝えるべきではなく、前述の通り「葬儀社の斡旋や紹介」を行うことは絶対に避けるべきである。
国民生活センターや各自治体の消費者生活センターへの葬儀社や葬儀関連業務に対する苦情や相談は非常に多く、善意で行った斡旋や紹介であっても結果的にご家族の不満や余計な出費を余儀なくする場合もある。
特に、医療機関から斡旋や紹介をされた葬儀社とご家族のトラブルは、医療機関や看護師の評価を下げる結果につながる場合もあり、慎重な行動が望まれる。

 

 

葬儀社・葬儀業界との接し方

 

看護師と葬儀社や葬儀業界とは密接な距離にあるが、ご遺体管理上の必要最小限の連携はあっても、医学機関や医療機関と葬儀業界との連帯や提携には問題が多い。
ご遺体がご家族に引き渡された後であれば、ご家族と葬儀社との民事問題であるが、これらに看護師や医療機関が関与することは避けるべきであり、葬儀社の決定はご家族の自由意志に任せるべきである。
ご家族からの葬儀社紹介依頼がある場合に限り葬儀社の紹介は可能ではあるが、この場合においても単独紹介ではなく、複数社以上の葬儀社からご家族自身に選択を促すべきである。
そして、ご家族が決めた葬儀社にご家族が自ら連絡を行ってもらい、ご遺体の引き取り手配を進めていただき、ご遺体の帰院を行う。
ご遺体の状況確認や追跡調査のために葬儀社と連絡を取る場合もあるが、この場合においても医療者としての倫理を十分に尊重しなければならない。

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