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エンゼルケアアーカイブ
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鼻や口などへの綿詰めについて

 

遺体への綿詰め行為の是非 

長沙民政職業技術学院 遺体管理学教授  伊藤 茂 氏

 

綿を詰めることの3つの意義

 

遺体に綿を詰めることには、大きく分けて3つの意義がある。第1の意義には、民族的思想があげられる。旧来より遺体は仏として崇める対象である反面、恐怖 の対象でもあった。そのため、遺体から悪霊を出さないように、また遺体に悪霊が憑かないように、口や鼻を綿で塞ぎたいとの思いがあったのではないかと考え られる。第2の意義は、死後変化による遺体からの漏液や脱糞対策である。これらの体内物が体外に出るのを防ぐ目的で、各部位に綿を詰めるのである。第3の 意義は、看護職や葬祭業による死後処置を遺族に確認させるためである。誰が見てもわかるように口や鼻に綿を詰め、遺族に対し、遺体処置を行ったことを目視 させ、安堵感を与えるための綿詰めであるように思える。

 

 

遺体観の変化

 

旧来、遺体は不浄なものとの考えが強かったが、昭和後期以降、特に平成以降は日本国内でも遺体に対する考えが大きく変化した。遺体は不浄との考えは薄れ、 遺体は汚いとの先入観が見られなくなった。国内の葬儀のほとんどは仏式で行われているが、仏式葬儀についても平成以降は大きな変化が見られた。仏教の教義 として、仏花は棘のあるものや色の派手なもの、香りの強いものはタブーとされてきた。しかし、平成以降は葬儀に使用される花や棺内に納められる花について も、棘があるはずのバラやピンクのカトレアなど、赤や黄の派手な花が使用されるようになった。これは死生観の変化とともに、人々の死や葬儀に対する考えを 示唆したものといえる。現在は遺体から悪霊が出入りしたり、遺体から魂が抜け出るといった非科学的な思想を持つ者がいなくなり、霊や魂を守護するための綿 詰め行為の必要性は完全に失われている。

 

 

死後変化対策としての綿詰め

 

生前より口や鼻、耳からの出血や漏液、肛門部からの脱糞がある遺体がある。しかし、これらの遺体は非常に稀であり、遺体からの漏液や脱糞は、遺体の死後変 化により発生する場合がほとんどである。言い換えれば、死亡直後に状態の悪い遺体を除き、遺体の死後変化を抑制できれば、遺体からの漏液や脱糞はほとんど 発生しないといえる。昭和50年代以降は遺体に対して冷却処置が行われるようになり、遺体の管理方法が大きく変化した。昭和40年代までは遺体専用冷蔵庫 やドライアイスがほとんど見られず、遺体の防腐対策が行われていない時代であった。そのため、真冬に死亡した場合は遺体の変化は少なく、遺体からの漏液や 脱糞、悪臭の発生は見られないことが普通であったが、運悪く真夏に死亡した場合は、死亡翌日には遺体は大きく変化を始め、口や鼻からの漏液に加え脱糞や強 い悪臭を放つ状態になった。線香は遺体からの悪臭をマスキング効果でごまかすことができ、通夜の間一晩中点けておくと遺体の腐敗臭気対策としての効果もあ る。昭和50年代以降はドライアイスや蓄冷剤の普及や、遺体専用冷蔵庫を所持する病院や葬儀社が増加し、遺体の95%以上は冷却処置が行われるようにな り、真夏でも遺体の腐敗が最小限に留められるようになった。反面、現在と昭和40年代の遺体を比較すると、現在の遺体の方が腐敗因子を多く含んでいる。医 療技術の発展に伴い、死亡時に肺炎や敗血症、熱発を伴う遺体が増加し、以前より状態が悪化する可能性の多い遺体が増加している。しかしながら、死亡退院後 の遺体管理技術が大きく向上しており、昭和50年代以前のように、遺体に対する綿詰めの必要性は減少している。遺体条件の悪化は見られるが、遺体管理技術 の向上や、自宅葬から斎場葬への移行に伴う遺体悪化の鈍化が、遺体からの漏液、脱糞、悪臭対策としての綿詰めの意義を希薄にしている。

 

 

死後処置の確認

 

病院や葬祭業では、わざわざ遺族が見えるように口や鼻に綿を詰めることがある。目に見えるように綿を詰めて、遺族に死を認識させる効果があることは否定で きない。平成以前に行われていた病院での死後処置では、多くは遺族が退室させられていたために、密室内で十分な死後処置が行われていたのかを遺族が確認で きず、遺体を外表から見ただけではその判断が難しい側面があった。現在は密室で行われていた遺族不参加の死後処置から、開放された遺族参加型のエンゼルケ アやエンゼルメイクへと移行し、死後処置の目的や意義が大きく変化しつつある。鼻の形を変形させるほど鼻に綿を詰めなくても、口の中から見える綿が無くて も、処置やメイクに遺族が参加することにより死の確認と容認は早い時期に訪れる。遺族が死を認識するときは、死亡宣告時、綿を詰められた状態を見た時、退 院時、棺に納められた時、棺に釘を打つ時、出棺の時、火葬炉に納められる時である。鼻や口から溢れるほど綿を詰めることは遺族に死への心理的認識と安心感 を高める効果があるのかもしれないが、死後処置のパフォーマンスとして行われるべきではない。日本で行われている遺体への綿詰めを海外の医学部や看護師に 紹介したところ、「何でこんなことをやるのか? 何の意味があるのか?」と誰もが疑問を持ち、諸外国からは奇異な宗教儀式と見られている。

 

 

綿詰めは必要か? 不必要か?

 

綿詰めの是非は非常に難しいが、遺体管理学的に判断すると、綿を詰めて遺体からの漏液や脱糞、悪臭を防止する目的での綿詰め行為は「ほとんどの遺体ではあ えて必要のない処置」といえる。敗血症等の遺体で腐敗が進行した場合などは、綿をどれだけ詰めても口や鼻からの漏液や悪臭を止めることは不可能である。す なわち、遺体の死後変化が進むと、漏液や脱糞、悪臭対策の綿詰めは全く効果を成さないのである。むしろ、悪化した遺体においては詰められた綿は邪魔な存在 になるため、全て取り出さなければならない。僅かではあるが、綿詰めが効果を発する場合もある。昔に比べると季節因子の悪化遺体は減少しているが、今でも 夏季は遺体の変化が生じやすく、死亡から遺体の腐敗対策までの時間によっては、遺体の死後変化が進む場合がある。正常遺体から腐敗初期症状までの悪化初期 段階の遺体に対する綿詰めは、若干の効果が見られる。綿詰めを100%否定することはできないが、その効果は予想以上に低い。綿自体には消毒効果も消臭効 果もなく、止水効果もない。ガフキー5号等の遺体では、口や鼻に綿を詰めることは公衆衛生的意義はあるが、これとて、定められた消毒薬と併用することこと で効果が確立できる。遺体への綿詰めはルーティンで慣習的に行われるのではなく、TPOに合った処置を行なうことで効果が発揮される。逆にいえば綿詰めの 目的を十分に理解し、TPOに合わせた処置を行わない限り、何ら意義は見出せない。ガフキー5号遺体の口腔内の舌根を引っ張り綿を詰める行為は、公衆衛生 的にはむしろ危険な行為であり、病原微生物対策との併用なくしては行うべきではないことは明白である。遺体に綿を詰める場合は、死亡前の遺体の状態を十分 把握し、遺体の変化を予測した上で行ってもらいたい。良い状態の遺体には綿詰めの必要性は低く、悪い状態の遺体には綿詰めの効果はない。医療現場での言い 方をすると、健常者には不必要で、発病者には効果がなく、メタボリック症候群的な遺体に対しては効果はある。綿詰めの必要な遺体は、統計的には5〜10% 程度なのではないだろうか。

 

 

 

著者プロフィール

 

東京都監察医務院に10年間勤務し、その後国内各地のエンバーミング施設でエンバーミング処置を担当。遺体処置に関する教育、講演、執筆活動を経て、科学 的根拠に基づいた適切な遺体処置の研究を目的に「SLR遺体の科学研究所」を設立。2005年より、中国民政部(厚生省)系大学に招聘され、長沙民政職業 技術学院殯葬学部教授と湖南省錫周国際防腐研究所副所長を兼務。現在は中国政府資格(遺体処置・遺体国際搬送)の担当や、教務教授も務めている。

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