私は、敗血症、腹膜炎、胸膜炎等で腹水、胸水貯留のある方、黄疸症状のある方には綿花詰めを行っています。かなり高い確率でその後に腐敗が急激に進み、結果、体液漏れが多く見られます。綿花で体液漏れを完全に防ぐことはできませんが、多少の栓になりうる程度です。鼻や口元の容貌を損なわない程度に詰めるといいと思います。ご家族より詰めて欲しくないとご要望があれば、詰めずに体液漏れが起きる可能性があることをお話していただき、その際に対処できますよう、綿花等をご家族にお渡しください。合わせて早期に冷却されますよう葬儀社さんか、ご家族にご伝達いただけたらと思います。
綿花詰めが必要かどうかということに関しては、御遺体に対して一律の処置というわけにはいかないところがむずかしいところです。詰めることで多少の漏れなら防げるので(綿花の吸水量が少ないため)予防処置程度に御理解ください。綿花を詰めておくと予防効果があるかもしれないと思われる御遺体は下記の通りです。
?現状で血液や体液が出ている方(吐血後死亡など)
?敗血症、肺炎等による高熱で亡くなられた方、腹水、胸水が溜まっている方、黄疸が見受けられる方(あと特殊例として水死、溺死)には時間経過とともに腐敗が進行し体液が流出されることが多いので詰めます。(??ともに詰めるのは鼻と口のみで、鼻は見えないところまでで、小鼻には詰めていません)
?とても少ないですが、習俗的に亡くなったら詰めるものだと思っておられるご家族の場合には詰めています。(詰めておかないと悪霊が入り込むと思っておられる方や、病院で詰めてくれるのが常識だと言われる方)
血液や体液が流出している御遺体のほとんどはきちんと綿花詰めされています。綿花を詰めたから流出しないということではなく、流出するには理由があります。?のような状態の方は多くの場合は腐敗が早く進み、腐敗ガスの発生により圧迫をうけての体液滞留分の流出です。流出しないようにするためにはできるだけ腐敗の進行を遅らせるしかありません。すぐにできる方法としては“体温を下げる”冷却だと思います。看取りの場面で、亡くなった後すぐに冷却するのはかなり抵抗があるとは思いますが、最後のお別れの場面を考えますと、アイスノンのような保冷剤でも構いませんので(ドライアイスは抵抗がある場合がありますので)ご家族とのお別れの後に御了承いただいて、置いていただくのが(下腹部、肺の上)最善かと思います。現場でご家族とともにおられる状況で、そこには感情もあり単に対処法としての綿花詰めはむずかしいですね。一般論でなく、故人様個々に対応してください。
葬儀業界で行われている「綿詰めは儀式」であり、医学的、物理的な根拠は殆どありませんが、自宅死亡が多かった影響から病院死亡が多くなった現在でも「ご遺体の穴から体液や便、尿が出る」との誤解から、意味も訳も無くルーティン処置としての綿詰めが行われており、年齢の高い看護師ほどこの傾向があります。
確かにご遺体の穴からの漏れを見る場合は有りますが、「状態の悪いご遺体」に見られる現象であり全てのご遺体に現れる症状ではなく、正しい遺体管理が行えていれば綿詰めの必要性は殆どありません。ただし、漏れ防止ではなく整容や固定目的等の明確な目的やコンセンサスがある場合には行うべき処置ではあります。
医療業界での「綿詰め廃止」は静岡県の榛原総合病院が先鋒と考えられ、綿詰めを行ったご遺体と綿詰めを行わなかったご遺体との追跡調査を行い、綿詰めに有意性がないと判断して、「基本的には綿詰め廃止」になったと聞いています。そのために、従来から数十年間も続いてきた「綿詰めを廃止」する事には大きな苦労が必要ですが(止める勇気と間違いを認める気持ち)、昔からやっているとのエビデンスのない処置は止めるべきです。しかし、厚生労働省の研究班でも「綿詰め推進」(恐らく50?60歳代の委員)であり、綿詰めの是非に関する文献や発表は殆ど無いことから、綿詰めを止めるためのエビデンスも不足しています。
綿詰めの殆どは「蛇足」ですが、これにより家族が安心する場合や家族が望む場合においては、綿詰めを行っても「心理的な効果」はありますが、「物理的な効果」は望めません。最も大事な事は「ご遺体の悪化」を防ぐ処置であり、潜在的に耳等からの漏れ液の認められるLCや血内ご遺体等には「綿花+シール剤」等の薬剤併用を行わなければ、綿を詰めても漏れ液が見られます。特に死後脱糞は腹腔内圧の上昇により発生する(便反射や腸の蠕動はない)症状であり、綿花詰め程度では死後脱糞は止まりません。妊娠後期では「死後分娩」も発生するほどの腹腔内圧上昇に対して、綿を詰めても「意味が無い」事は想像出来ると思います。
鼻からの漏れ液の大部分は肺由来であり、肺炎等のご遺体であれば2?3?程度の排出も充分にあり得ます。仮に100グラムの綿を詰めたとしても保水力は200m?以下であり、これ以上は閾値オーバーとして漏れ出します。仮に青梅綿を使用したとしても、量が多い漏れ液には対応が仕切れないために数時間おきの交換が必要となります。即ち、病院での綿詰めに関する能力は「数時間以内の持続性」しかなく、自宅に到着した時点では顔や着衣が漏れ液でビッショリとの症例が多く見られます。
「綿詰め推進派」を説得する事は非常に難しい状態です。何故ならば推進派は「看護部長や副部長、看護師長」に多く、決定権や「声の大きいヒト」に存在しています。
一方、綿詰め慎重派や綿詰め否定派は「若い看護師」が多いために、単に正しいから、エビデンスを考えるととの解決策は出来ません。特に「昔からやっている事を否定される」と、感情論になる事が多い事から真正面から向かうと「討ち死に」になります。「百年河清を待つ」宜しく定年退職して行くのを待つのも賢い方法ですが、10年以上の遅れが出るのは明確です。そのために、逃げ道を造りながら変えていく方法が良いと思います。
全てのご遺体に対する「ルーティン・ワーク」から、明らかに必要が無いご遺体には使用しないとの方法へ変えて行きます。これにより50%程度まで綿詰め実施率は容易に減少が可能となります。これを続ければ、10%以下程度までは綿詰め率を低下する事が可能となります。私見では綿詰め適応率は5?7%程度と考えられます。そのために、10%程度は病院での綿詰め率としては至適域と考えられます。全廃や廃止は「人的な抵抗」が強いために、0・100では無く切り崩しを行って院内改革を考えて下さい。
綿詰め推進派には物理的なデータや現象を見せて、「ビジュアルから訴える」方法が最も有効です。(ガッンと衝撃を与える)現在使用している商品や綿花の量を用いて、それらがどの程度の効果があるのかを検証するのが最も分かりやすい「誤りの認識」となります。実際に自分たちが行っている処置がどの程度の効果があり、どの程度までしか対応出来ていないのかを「目で見る事」が最も印象的であり衝撃を受けると思います。新たな事の実施は難しいのですが、「現状の誤りの再認識」は比較的簡単に行える方法であり、効果も高い方法です。現状の看護業務の見直しは「問題点の確認」から全てが始まります。
生前と異なり死後の拘束処置は復元性が無く(不可逆的)、それだけでなく体液の移動阻害が起こり、常識では考えられない腫脹を引き起こします。これは、看護による明らかな「ご遺体悪化」(エンゼルメイクの弊害)であり、絶対的禁忌事項となります。今まで、拘束による死後変化(ご遺体の悪化)を目にしていなかったために仕方が無い部分もありますが、良かれと思い行ったご遺体への処置が、「実はご遺体を痛めていた・悪化させていた事」が沢山あります。ご遺体に対する拘束処置は代表的な例です。
手を組ませる等の質問が多くありますが、宗教的には手を組ませる理由はありません。ご遺体の搬送時はストレッチャーに載せますが、ストレッチャーでは両サイドの固定金具を立てた上に固定ベルトを使用して、ご遺体の手を両側部又は前腹部で固定できます。確かに病室や霊安室からの移動では、手がブラーンとすることがあるかも知れませんが、その場合は手を縛る拘束ではなく「袖を安全ピン等」で留める等の間接的な腕の固定を行います。これであれば、直接的に体部位の拘束ではないので弊害は出ません。
開口した口を閉じる方法は5種類ほどあります。現時点で看護職が可能な方法(院内倫理委員会にもよるが)は3種類です。固定器具を使用する方法は簡易ですがリスクがあります。もっとも簡単でリスクが少ない方法としては、死後数時間の間に下顎部にタオル(巻いたり折りたたんだ状態)を当てて、下顎骨を固定して顎間接部の死後硬直を待つ方法です。
また、生前に開口対策に関する看護ケアはありません。下顎呼吸をしていたご遺体では、顎間接硬直は早く起こります。包帯等での拘束や頸部圧迫を伴う固定器具は、血管遮断や疎流を伴うために禁忌処置です。